心のビタミンバックナンバー

bP1〜bQ0


11父の涙


わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。      マルコ15.34

  以前、次女が川崎病にかかったことがありました。川崎病が何なのかも知りませんでしたが、当時、突然死に至る原因不明の病として恐れられていたことがわかって、親として極度の緊張に襲われました。
 一歳半の次女の病状は重く、舌にいちごのようなぶつぶつができ、唇が裂け、手足は手袋のようにふくれ上がって、高熱が続きました。
 次第に弱っていく娘を見て、十字架上のキリストの絶叫と、おそらく胸張り裂けるような思いでそれを見つめられる父なる神の心境が、少し理解できるような気がしました。
 娘はわけがわかりません。なぜ親から切り離されるのか。注射針を打たれ、白衣を着た大人たちに取り囲まれて傷つけられるのか。それをなぜ親は黙って見ているのか。
 できるものなら代わってあげたいと思いながらも、祈るしかなかったあの時。御子イエスを見つめられる父なる神のお心がしのばれます。

12家族の絆


一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる。     箴言 17.1

 九一年春、私の友人の牧師が、六歳の次女を白血病で失い、感動的な葬儀がなされました。特に感銘深かったのは、そこに見られた家族の絆でした。
 亡くなる半年ほど前、骨髄移植を試みたことがありました。お姉ちゃんはまだ小学生。お姉ちゃんもヘルペスという病気にかかり、手術は危険だということでしたが、早く手術しないと妹が助からないために断行されました。万が一の場合、お姉ちゃん自身の脳が冒される危険があることを、本人も十分理解したうえでのことでした。
 手術後すぐ、まだ痛みが残る中で、お姉ちゃんは車椅子に乗り、真っ先に妹のいる病室に向かったそうです。そして、「とわちゃん〔妹〕、大丈夫?」と言ったのです。
 この家族には、白血病との過酷な闘いという苦しみがありました。しかしそれゆえにこそ、すばらしい家族の絆が生まれたのでした。  

13きょうだいの絆


見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。
                                                           詩篇 133.1

 親しい友人の牧師が六歳の次女を白血病で亡くしたことは、先に記しました。葬儀の会場には、思い出のアルバムがコメント付きで貼り出されていました。その中に、小学校低学年のお姉ちゃんがある日、自慢の長い髪をバッサリと切り、ショートカットにしてしまった時の写真が飾られていました。
 私は、胸にぐっとくるものがありました。
 妹が、幼稚園にも行けず、頭髪が全部抜け落ちるような強い抗がん剤を用いて闘病している。妹ひとりに病と闘わせはしない、自分も髪の毛を切っていっしょに闘おう。おそらくそんな無言の決意が、自慢の長い髪を切らせたのだと思います。
 小学生と、就学前の女の子同士の話ではあります。けれども、きょうだいの結び付きがこんなにも強いものだったのかと、改めて思い知らされた一コマでした。

No.14永遠の世界

神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。
          伝道者 3.11

 愛娘を白血病で天に送った友人の牧師は、その子に「永遠(とわ)」という名前をつけました。まさか、その子がこのような生涯を送ろうとは思いもせずに、彼が永遠の世界を人々に伝えようと、仕事をやめ神学校に行く献身の表明としてつけた名前でした。
 そして、いよいよ神学校を卒業し、開拓伝道を始める矢先の娘の発病でした。献身の表明に永遠と名づけられた彼女は、父親が献身者として公の働きに踏み出した時、アブラハムによってイサクがささげられたように、永遠の神のみもとに召されてしまったのです。
 その葬儀は感動的でした。同じ病で悩む「白血病の親の会」の方々や、病院でお世話になった看護婦さんたちが大勢集う中、天国で再会する希望、永遠のいのちの希望が明確に力強く語られました。
 彼らは天において再び、だれ一人欠けることのない家族になるでしょう。永遠のいのちは存在するのです。

No.15 目立たないところで

あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。
                              マタイ 6.3

 私たちの教会の第一会堂は、約四三〇坪の土地に建っています。第三会堂も約三〇〇坪の敷地があります。夏になると、特に庭の草むしりは結構な仕事ですが、そのほとんどを黙々と一人でしてくださっている婦人がいます。
 「黙って」というところが大切です。どしゃ降りの雨の日には、雨合羽を着て、またある時には、気が付けば敷地の片隅で目立たないように・・・・・・。牧師の休日でもある月曜日は、気を遣わせないために、わざわさオートバイのエンジンのスイッチを切って、押しながら教会に入って来られます。
 ありがたいことです。このような信徒たちによって、教会は支えられているのだと思います。もちろん、キリストのからだである教会には、目立つ部分と目立たない部分があり、双方が必要です。しかし私たちの姿勢としては、目立たないところでこそ全力を尽くし、心を込めて奉仕をささげる信仰者でありたいものです。

No.16 忠実

小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。                         ルカ 16.10

 私たちの教会に有給の事務員がいます。都会の教会であれば、若いスタッフというところでしょうが、私たちの場合は、長年事務畑の仕事をされてきた婦人会員の、定年後の心を込めた奉仕です。
 有給とはいうものの、実際には献身的な奉仕の心がなければできないことを知って、私は心から感謝しています。
 以前、こんなことがありました。午後の六時頃、電車で五時過ぎに帰ったはずの彼女が、また電車に乗って教会に引き返して来ました。どうしたのだろうと聞いてみると、鍵をかけ忘れたのではないかと心配になって、戻って来たというのです。
 若い人がてきぱきと仕事をこなす姿も、見ていて気持ちがいいものです。しかしこのように、ひたすら忠実に、一つ一つを主にささげるようにしてなされる、味のある奉仕もあるのです。

No.17 知恵が必要

あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。
                              ヤコブ 1.5

 数年前、私たちの住む福島県浜通りの田舎の田んぼの真ん中に、ドイツ風の高級レストランがオープンしたことがあります。
 物珍しさもあって私も一度入ってみましたが、一番安いカレーライスが千円を超えていたのには驚きました。なるほど、店内は素敵なインテリアが施され、最高級の食器を使っていることは認めますが・・・・・。
 店の将来に不安をおぼえ、自分も二度と来ないだろうと思いつつそのレストランを出ましたが、案の定、数ヵ月後にその店はつぶれました。
 確かにアイデアはよかったかもしれませんが、場所を間違えたと思うのです。東京や他の地方都市だったらよかったのでしょうが。
 どこかでうまくいったからといって、そのまま取り入れても成功しないことを教会も教えられます。場所をわきまえ、現状を知り、将来を見通す知恵をいただきたいものです。

 No.18 いのちの営み
教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。
                         エペソ 1.23
 私たちの町は、もともと二つの村が合併してできた人口一万人ほどの町です。
 ですからデパートもないような所ですが、駅前の商店街を眺めてみると、同じ家族経営でも店によってそれぞれ、ずいぶん印象が違うものだなあと感じさせられます。
 ある店は従業員のいない個人経営ですが、よく京都、大阪にまで仕入れに出向き、新聞に手書きのような折り込み広告を入れ、何とか一人でも多くのお客さんに来てほしいと、精力的に経営努力をしています。同じ職種の店でも、ただ先代からののれんを守るだけで、意欲があまり見られないところとは、大きな違いを感じます。
 デパートになれなくても、家族経営ならそれでもいいのです。教会も、福音の種が蒔かれたその場所で、人々が来会した時、キリストのいのちをそこに感じるような営みをなしていきたいものです。

No.19 自分を捨てて

だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
                            マルコ 8.34


 以前、フィリピンを訪れた時、タクシーを走らせ、高山右近の銅像を見に行きました。
 戦国時代、戦いにおいては天才的といわれた武将です。十字架じるしのクロスの御旗を掲げて戦う武将としても有名だったようですが、最後は、その信仰のゆえに祖国日本を追われ、はるばるフィリピンまで流れ着きました。
 当時の名ばかりのキリシタン大名のうちで、高山右近の信仰は本物だと、豊臣秀吉は見抜いたといわれます。キリシタン禁令が敷かれ、秀吉は右近に信仰を捨てるよう迫りましたが、彼は、「他のことならいざ知らず、霊魂の救いを捨てるわけにはいかぬ」と信仰を貫き、ついには城を開け渡したのです。
 当時、アジアで唯一のキリスト教国フィリピンの人たちは、彼をマニラの港に出迎え歓迎したそうですが、地上で大切なものを犠牲にして信仰を貫いた者に対する、天の御国での歓迎を思わせるではありませんか。

No.20 命を捨てる愛

人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
                            ヨハネ 15.13

 1930年長崎に来日し伝道した、ポーランド人コルベ神父のことはよく知られています。後に帰国した祖国にドイツ軍が侵略して来て、彼はナチスの手によって、何の罪状書きもなくアウシュビッツの収容所に入れられました。
 ある日、脱走して見つからなかった囚人の代わりに、無差別に10人が餓死室に送られるという事件が起こりました。まだ若い元兵士が、「自分には妻と子がいる」と命乞いするのを見たコルベ神父は、自分が身代わりになることを申し出て餓死室に入り、14日後に絶命しました。
 人間はここまで残虐になり得るのかと、人間不信に陥らせるアウシュビッツ。しかし、コルベ神父が命を捨てたその部屋は、いつも人々の捧げる花で一杯だそうです。人のために自分の命を捨てる。これ以上の愛はありません。彼はこの愛をまず日本人に伝えたかったのではないでしょうか。